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1日 ●政府軍58師団は53師団の前進を阻んでいたLTTEの塹壕を北部より奪取し、両師団が合流。
●明石日本政府代表は北部ワウニヤ県のマニックファームを視察。
2日 ●明石代表は「ラ」大統領と2時間半に亘り会談。明石代表は記者会見において、北部IDP施設の状況は、前回(本年1月)訪問時と比べあまり良い状況ではなく、生活はかなり粗野で厳しいものであるが、政府が最善の努力を尽くしている、と評価。
4日 ●政府軍はウェッラムッリワイカル沿岸線で、LTTEの潜水艦用施設発見。
●サマラシンハ人権・災害管理大臣は、国連が「ス」政府軍が4月26日に「ス」北部の安全地域に空爆を行ったことを示すとされる衛星画像を「ス」政府への連絡なしにリークしたと非難。
●プラサンナ・ラナトゥンガ氏(UPFA所属)が新西部州首席大臣に就任。
5日 ●「ラ」大統領はタミル政党らと協議。タミル国民連合(TNA、LTTEを代弁するタミル政党連合)に限り、停戦が実現するまでそのような協議には応じないとしてボイコット。
●訪「ス」した英国会議員団は「ラ」大統領と会談し、IDP支援等について協議。
6日 ●「ラ」大統領はバン国連事務総長と電話会談し、自分の目でIDP施設の状況を確かめて欲しい、バン事務総長を「ス」に招聘したい、と伝達。
●訪「ス」した5名の英国会議員(デス・ブラウン労働党議員ほか)は記者会見を行い、戦闘停止を要求した他、政府はIDP支援においてかなりの取り組みを行っていると感じた、と発言。
●閣議で地方議会選挙法改正案に関する協議。「切り捨てライン」の設定等を巡り議論が纏まらず棚上げに。野党各党は反対表明していた他、チャンドラカンタン(通称:ピラヤン)東部州首席大臣らも反対表明したことを受け、「ラ」大統領は同法案を完全に撤回。
●ロンドンにおいてLTTEを支持するタミル人ダイアスポラが在英中国大使館前でデモ実施。同大使館を襲撃し、約10名が館内に侵入。
7日 ●「ラ」大統領は大統領官邸に当地各国外交団を招き、国際社会は「ス」の友人として、LTTEに対し武器を置き降伏するよう圧力をかけるべきである、と発言。
8日 ●ボーゴラガマ外相はラヴロフ露外相と電話会談。露は「ス」のテロとの戦いを強く支持。
9日 ●印タミルナドゥ(TN)州を訪問したシン印首相は、印は「ス」タミル人の人道状況を懸念している、「ス」タミル人の問題解決は統一された「ス」における連邦制による解決が好ましい、TN州の人々は印が主権国家である「ス」に軍隊を派遣するのは容易ではない、と発言。
10日 ●政府軍によると、10日(1日間)だけで1,500名のIDPがLTTE支配地域から避難。またLTTEは逃げようとするIDPを標的とし、重火器や迫撃砲で攻撃。
●サウジアラビアを訪問した「ボ」外相は、ナイーフ「サ」内務大臣ら政府要人と会談。
11日 ●「サ」大臣は、LTTE支配地域に滞在しているとされる保健省職員が最近の北部戦闘で一般市民378名が死亡、1,000名以上が死亡したとする主張について、こうした統計・事実を否定。
●ウィクラマシンハ野党リーダーが欧へ向け出発。
●英テレビ局ITNニュースの記者たちが許可無くワウニヤのIDPキャンプを現地取材し、キャンプ内は悲惨であると報道していた問題で、「ス」国防省は記者たちに国外退去命令(11日付)。
●英ロンドンの国会議事堂近辺で大勢のタミル人ダイアスポラがデモ実施。高速道路を封鎖するなどして31名が警察に逮捕。在蘭「ス」大使館も襲撃され、窓ガラスが割られる等の被害。
12日 ●バン国連事務総長は、LTTEは一般市民を捕らえ安全を尊重しようとしない、週末にかけて数百名の一般市民が殺害されたことをおぞましく感じ、驚いている(appalled)、と発言。
●ミリバンド英外相、クシュネール仏外相、スピンドレガー襖外相は国連本部で共同記者会見を行い、「ス」の紛争当事者たちは公約を破り戦闘で重火器を使用した、と発言。また「ミ」外相は、「ス」では戦闘状況の目撃者がおらず、週末だけで数百名の一般市民が殺害されたことはおぞましい、「ス」政府がIMFから19億ドル融資するのに値するかどうか分からない、と発言。
●米ワシントンにて「ク」米国務長官と「ミ」英外相が会談。両氏は会談後共同声明を発し、「ス」政府とLTTEに対し即時停戦・市民解放を求め、大量の一般市民死傷の報告を受け警告発出。
●バンバソヴァ・チェコ外務副大臣を団長とするEUトロイカ代表団が訪「ス」、「ボ」外相と会談。●ヒューマンライツウォッチ(HRW)、アムネスティら国際人権団体は麻生総理宛に書簡を発し、日本は国連安保理の公式会合で「ス」情勢が協議されるよう協力すべき、と訴え(12日付)。
●SLFPはカルナ国民統合・和解大臣を同党副総裁に任命。
●英タイムズ紙は、中国支援による南部ハンバントタ港建設プロジェクト(2007年~15年計画)について、中国は自国海軍のための補給基地を建設しようとしている、と報道(12日付)。
13日 ●政府軍はプトゥクディルップ(PTK)西部テビプラムでLTTE小型航空機の部品を押収。
●コロンボ高等裁判所は、プラバーカランLTTE指導者及びポットゥ・アンマンLTTE諜報部長ほか2名を、カディルガマール元外相殺害の容疑で公式に指名手配。
●「ラ」大統領は「北部における再定住・開発・安全のためのタスクフォース」を設置(バジル・ラージャパクサ大統領首席顧問が議長)。
●「ラ」大統領は、外国からの開発援助における「ス」紛争の関連付け及び国際社会対抗政策を発展させるため、当課題の研究のための下位委員会を新設。
●「ラ」大統領及び「ボ」外相は、G11及び国際経済首脳会議に出席するため、ヨルダン訪問。
●ノルウェーを訪問した「ウィ」野党リーダーは、ボンデヴィック「ノ」首相及びソルハイム「ノ」国際開発大臣と会談。
14日 ●政府軍はNew Safe Zone内において多くの爆発が発生している状況及びLTTEが保有する車輌や装備品に自ら火を放つ状況を確認。各紙は、LTTEは自暴自棄になっている、と報道。
●国連安保理で初めて「ス」情勢に関する公式協議開催。国連安保理は全会一致で声明を発表し、「ス」紛争北・東部における人道危機の悪化状況、特にここ数日における何百名もの死傷との報告を受け、重大な懸念(grave concern)を表明。
●オバマ米大統領は声明を発し、「ス」政府及びLTTEの双方に対し人道危機回避のため戦闘地域の市民を救出するよう求める、緊急に行動しなければ大惨事となってしまう、と発言。
15日 ●「ラ」大統領は、48時間以内に全ての北部IDPが解放されるだろう、と発言。
●マッキー・マウントラビニヤ地方裁判官は、ゴタバヤ・「ラ」国防次官に関する誤った情報や中傷的な内容の出版を制限する命令を発出。
●クリントン米国務長官は「ス」へのIMF融資は時期を得ていない、と発言。
16日 ●パドゥマナーダン(通称:KP)LTTE対外関係部長は声明を発し、LTTEは市民の犠牲を回避するため戦闘を停止する(silence our guns)、戦闘は苦い結末(bitter end)を迎えた、と発言。
●印総選挙の結果、与党連合UPA(260議席獲得)が勝利。TN州では与党DMKが39議席を獲得し勝利。マランDMK議員は、この選挙結果は同州の有権者たちが「ス」紛争の問題に動じなかったことを意味する、と発言。
●ナンビアール国連官房長訪「ス」。北部市民の解放に関する協議が目的。
17日 ●政府軍は、16日夕刻までに全ての北部市民を救出することに成功したと述べ、北部市民救出オペレーション終了を宣言。街中で祝福のクラッカーが鳴り響き、ヨルダンから帰国した「ラ」大統領を歓迎するためコロンボ国際空港で多くの閣僚・市民が歓迎。「ラ」大統領は降機後地面に跪きテロから解放された僕への祈りを捧げる。
●政府軍は、5月14日以降、政府支配地域に避難してきたIDPは82,000名と発表。
●A.アルウィハレUNP議員が死去。
18日 ●早朝02:00頃、ムライティブ・ラグーン沿岸付近で、「プ」指導者ら幹部を含む100名のLTTE要員がIDPを装い53師団展開地域へ強行突破の試み。その最中、LTTEは軍の救急車を強奪し、同車輌にLTTE数名のトップ指導部要員が乗り込み逃走しようとしたところ、政府軍の特殊部隊が攻撃し、同車輌は炎上。一連の戦闘の結果として、LTTE要員250名以上が死亡。
●早朝3:00頃、「ナ」LTTE政治部長及び「プ」和平事務局長は、欧州に電話をかけ、1,000名の要員が負傷しており彼らを救出して欲しい、LTTEからはもはや発砲していない、とICRC本部に伝えて欲しいと連絡したが、これにも拘わらず政府軍に射殺された(タミルネット)。
●政府軍は、プラバーカラン指導者らLTTE幹部らの殺害に成功したと発表。チャールズ・アントニー(「プ」指導者の息子)、ポットゥ・アンマン諜報部長、ナデーサン政治部長、プリデーバン和平事務局長、ラトナム・ブラックタイガー長官らの遺体を確認。その他、政府軍は250名のLTTE要員の遺体を回収したが、これらのほとんどが確認・識別不可能な状態。
●ホームズ国連人道問題担当事務次長は記者会見を開き、軍事オペレーション終了宣言後も情勢は不安定である、全ての市民の解放と安全確保を求める、と発言。
●日本政府からの5000万ルピー相当のIDP支援物資が到着。引き渡し式開催。
19日 ●ラージャパクサ大統領は国会において戦勝を宣言する国民演説を行い、民族問題の解決は外国に依存せず自国で育む、タミル人らはもはやマイノリティではなく、愛国者とそうでない者の2分類があるだけである、と発言。国民演説には、TNAを除く野党各党(UNP、JVP、SLMC)も出席、UNPも戦勝を祝福する発言。
●午前:KPは声明を発表し、「プ」LTTE指導者は生きており御身は安全である、「ス」政府は「プ」指導者を殺害したと言っているが、これは事実ではない、と発言(タミルネット)。
●午後:フォンセーカ陸軍司令官は、「プ」LTTE指導者の遺体を発見・確認したと発表。なお午後13時より当地国営テレビ局は、「プ」指導者の遺体の映像を全国放映。
●ソルハイム・ノルウェー国際開発大臣は、「ノ」は17日にLTTE幹部らから電話連絡を受けていた、LTTEは第3者機関、即ち国際社会に対して降伏すると述べてきた、と発言。
●コホナ外務次官は、LTTEは最後の瞬間に武器を置こうとした(surrender their weapons)が、時既に遅かった、ファシリテーターとしてのノルウェーの役割は既に終わっている、と発言。
●麻生総理は「ラ」大統領との電話会談において、「ラ」大統領のリーダーシップを称えた。
●ジュネーブの国連人権理事会は「ス」情勢に関する特別会合の開催決定。必要とされる加盟国の署名数(17カ国が署名)が確保されたことによる。
20日 ●「プ」LTTE指導者の遺体確認のためカルナ大臣(元LTTE東部司令官)も現地に向かい遺体確認を実施。またスーサイ・シータイガー司令官の遺体も発見。
●コホナ外務次官は、死亡した「ナ」LTTE政治部長及び「プ」和平事務局長は白旗を掲げてゆっくり投降するよう指示を受けていたが投降に失敗した、逃げようとする両者に対し怒ったLTTE残党が両名を射殺した可能性がある、と発言。
●アタナヤケ野党UNP幹事長は全政党代表者会議(APRC)案が国会に提出されれば、UNPとして3分の2の多数で可決されるよう必要票を提供する、と発言。
●ブレイク在「ス」米大使は当地任務終了に伴い記者会見を行い、「ス」政府のLTTE打倒成功を賞賛する、国際社会は最後の戦闘状況について把握する必要がある、「ス」政府はICRC、国連、NGOが旧戦闘地域へアクセスできるよう許可すべきである、と発言。
●日本は外務大臣談話を発し、「ス」紛争の終結を歓迎する、戦争により多くの命が犠牲となったことに深く哀悼の意を表する、投降・降伏したLTTE要員に対し適切な法的手続きを取るよう「ス」政府に求める、大量のIDPへの支援と再定住が必要である、和解へ向け政治的プロセスの迅速な進展を求める、と発言。
●印チェンナイを訪問中であったK.パドゥマナーダンTNA議員が心臓発作により急逝.。
21日 ●政府軍は、「プ」LTTE指導者の遺体をムライティブの土地に他のLTTE要員たちと同じ扱いの下で埋葬した、「プ」指導者死亡の事実については様々な証拠から疑う余地なし、と発表。
●「ラ」大統領は国民に向けて声明を発し、LTTE打倒による喜びの表現によって、誰かを傷つけるなどということがあってはならない、我々は寛大になろう、と呼びかけ実施。
●ゴタバヤ・「ラ」国防次官は、LTTEとの戦闘には多大な代償が伴った、政府軍の2006年6月以降の戦死者は6,260名、負傷者は29,551名(内2,556名が身体障害者に)となった、と発言。
●ヤーパ報道大臣は記者会見において、一部の西側諸国は戦争終結の直前となってもなおLTTE支持の発言・態度をとり続け、最後の瞬間まで「プ」指導者を救出しようとしてきたことに落胆した、一方、支援してくれた日本、中国、印、パキスタン、露、印に感謝する、と発言。
●キャノン加外相はクリントン米国務長官と会談し、「ス」の戦争の影響を受けた一般市民たちの状況への懸念を伝達(21日付)。
21日 ●メノン印外務次官及びナラヤナン印国家安保顧問が訪「ス」し、「ラ」大統領らと会談。「ス」政府側はできるだけ早くIDP施設を廃止し、再定住に向けた「180日計画」を策定中の旨伝達。
●ナンビアール国連官房長は、北部ワウニヤ県のIDP施設マニックファームZone1及びZone4を視察し、「ス」政府による支援状況について満足の意を表明。
●クリントン米国務長官は「ラ」大統領と電話会談し、政治的和解を進め、30万人のIDPの再定住を急ぐよう求めた。
22日 ●コロンボ市内から国会議事堂にかけて戦勝祝賀パレードが開催された(参加者15万人)。「ラ」大統領も演説し、「ス」政府及び政府軍の戦勝を国際犯罪として非難しようとする外国勢力の批判に耐え、国家の発展のために一つとなろう、と発言。
23日 ●バン国連事務総長が訪「ス」し、「ラ」大統領と会談。バン事務総長は記者会見を開き、国際援助機関及びNGOが北部IDPキャンプに滞りなくアクセスできるよう「ス」政府に要請した、IDP施設における政府の努力は称賛するがリソースが不足している、政治的解決・IDPの再定住を早期に進めるべきである、大統領は年内に80%のIDPを再定住させると確約した、と発言。
●政府軍筋によると、北部戦闘期間中に降伏してきたLTTE要員は1万人に上り、その内7,237名が政府管理下の社会復帰施設におり、その他202名はIDPキャンプに滞在中(23日付)。
●S.M.クリシュナ新印外相は、「ス」政府に対しタミル民族問題の根源的原因に目を向け、すべてのコミュニティに権限移譲を行うよう求める、と発言。
●「ウィ」野党リーダーは欧州から急遽帰国。
25日 ●BBCによると、KPは、LTTEの比類無き指導者が殉教に発たれた、LTTEは、5月25日以降の1週間、亡くなった指導者のために喪に伏すこととする、と述べ初めて「プ」指導者の死亡を認めた他、これからは非暴力闘争に転じる、と発言(25日付)。
●ジュネーブで開催中のWHO年次総会において、イスラエルが「ス」人道問題の包括的調査チームの派遣を提案。しかし中国、露、日本といった「ス」の友好国らの尽力により却下に。
●B.テンナコーン地方政府・州評議会大臣は、北部ジャフナ市議会選挙及びワウニヤ地方議会選挙をそれぞれ8月4日・8月17日に実施する、と宣言。
26日 ●メドヴェージェフ露大統領は「ラ」大統領と電話会談した。「ラ」大統領は「メ」大統領に対し、国連安保理等での露の支援に対する感謝の意を伝達。
27日 ●国連人権理事会の「ス」に関する特別会合では、戦争犯罪に関する調査を求める決議案(スイス主導)は採用されず、当案に対抗するためスリランカ主導で作成された決議案の方が採用・採択された(賛成29票、反対12票、棄権6票)。各紙は、戦争犯罪の容疑をかけようとした一部の国々の企てに対する、「ス」外交の勝利である、と報道。
●「ボ」外相は、クリシュナ印外相と電話会談。「ボ」外相は、また「ス」政府は民族問題の政治的解決と北部復興に向けて尽力していく旨伝達。
●在「ス」カナダ大使館前で、加政府がLTTEを支援し「ス」政府を守ってくれなかったと主張する抗議活動。「Embassy of LTTE」等と中傷する落書きも。
29日 ●訪「ス」したシュラー米民主党議員は「ラ」大統領ら政府要人と会談。「シュ」議員は、「ス」はIMF融資するに値する国である、と発言。
●英ロンドンのタイムズ紙は、「ス」北部の戦闘では5月18日までの3週間だけで、2万人のタミル市民が政府軍の砲撃(shelling)により犠牲となった、と報道。在英「ス」大使館は全面否定。
30日 ●カルナ大臣は、東部州アンパーラ県、トリンコマリー県、マナラーガラ地域には60名のLTTE残党がいるはずだが、その内の7名は既に投降し、11名は政府軍に殺害された、と発言。
●EU議長国チェコの大統領は、EUを代表して声明を発表し、UNHRCにおいて「ス」の戦争犯罪に関する独立調査に至らなかった結果は遺憾である(regret)、と発言。
31日 ●ドダンゴダ司法大臣病死。
スリランカの情勢
1.2009年05月
2.過去の出来事
一般情勢
経済情勢
1.面積・所得
2.産業別GDP・人口
3.人口・労働
4.農業・工業
5.物価・賃金
6.財政
7.国際収支
8.貿易
9.金融
10.投資・観光
11.外貨