日本大使館の建物について


 コロンボ7地区の木陰の多いグレゴリーズ通りにある美しいルネサンス式建築物の日本大使館は、かつて「ウィニアッツ」という名前で知られており、20世紀初頭にまで遡る長い歴史があります。コロンボ7地区は今日でも別名シナモン・ガーデンとして知られていますが、20世紀初頭には、大地主、実業家、政府高官などが建てた宮殿のような邸宅が並ぶ、豪華な住宅街でした。今日日本大使館となっている魅力的な建物は、1891年にD.スティーブン・シルバ最高裁判事によって建てられました。このD.スティーブン・シルバ氏は、当時「石墨王」として有名だったD.ポーリス・シルバ氏の次男で、この建物は以後長くスティーブン・シルバ氏とその息子ウィマラキルティ氏の家族の館でした。

 

第2次大戦中、この建物は時の駐コロンボ東南アジア軍によって撤収され、その総司令官レートン提督の公邸となっていましたが、戦後、ウィマラキルティ一家が再び入居し、家族の館として使用していました。


その後ウィマラキルティ氏はオーストリア領事を命ぜられたことから、この建物はオーストリア領事館となり、同氏の死後、オーストリア名誉領事となっていた同夫人が1973年に日本政府大使館用建物として売却し、現在に至っています。

その内部は、大使館として使用するに当たり必要な改装は行っていますが、張り出し窓、柱廊式玄関などを備えたそのすばらしい白塗りの建物は今日でも基本的には当時の姿で保存されています。

この堂々たる建物は、モラトゥワ大学建築学部のラクスマン・アルウィス教授著作の「スリランカにおける大英帝国時代の建築物」によって最も美しい建築物の一つとして紹介されています。